佐井好子なんて、言ったって多分知らないだろうなあ・・・。

彼女は、1970年代後半にひっそりと活動したシンガーソングライターだったんだけど・・・。4枚のアルバムを発表したが、特にヒットする曲もなくひっそりと姿を消して行ったんだ。

当時でも、彼女の歌が一般受けするとはとても思えなかったし、彼女の歌を聴くのは極々少数派でしかなかったと思う。ようするに佐井好子ファンって言うのは、いい意味で個性的な人が多かった気がするなあ・・・。

現に私もへそ曲がりだから・・・メジャーな歌より、マイナーな歌が好きだったからなあ・・・。

彼女の歌は、暗い月夜の晩に、部屋を真っ暗にして窓をあけて、月を見上げながら聴いていたいって感じなんだ・・・そうすると何となく異次元空間すなわち佐井好子の世界に知らずに知らずに引きこまれるような心持ちになるんだ。

普通は、姿を消したらそのままで忘れ去られてしまうものなんだけど、今のこのネット時代の世の中になって一部で佐井好子が見直されているらしいことを耳にした・・・ネット時代って不思議な世の中だよね。まずは「佐井好子再評価委員会」というサイトが東北地方で立ち上げられたそうな。彼女の唄を一度聞いた人はその唄を忘れていなかったって事だな。彼女のことなんか全然知らなかった世代にまでその音楽が結構伝わっていたのだそうだ。今では「幻夢シンガー」などと彼女のことを呼ぶ人もいるなんて事も耳にしたなあ。

まあ、佐井好子は特異な歌手だったんだなあ・・・一度聴くと何か・・・残るんだよなあ・・・。

佐井好子は1979年に音楽活動を停止したが、2001年に音楽活動再開している。2008年には、Pヴァイン・レコードより、30年ぶりとなるオリジナルアルバム『タクラマカン』をリリースした。


佐井 好子1953622日~)

奈良県出身の歌手、作曲家、詩人である。1975年、アルバム『萬花鏡』でデビュー。

1953年、奈良県に生まれる。中学生の時はコーラス部に所属していた。

1972年に京都市立芸術大学を受験するも不合格となり、同志社大学に進学。大学在学時から詩作、作曲をはじめた。楽曲をラジオ番組などに応募したことがきっかけで、中山ラビのコンサートでフロントアクトをつとめた。その後オファーのあったテイチクと契約し、1975年にファーストアルバム『萬花鏡』をリリース。

1977年、所属レーベルをテイチクから日本コロムビアに移籍し、『胎児の夢』をリリース。また同時期には詩集『青いガラス玉』(婦人生活社)を出版したほか、映画『夢野久作の少女地獄』の主題歌も担当した。

1979年に音楽活動を停止。2001年に音楽活動再開。

2008年、Pヴァイン・レコードより、30年ぶりとなるオリジナルアルバム『タクラマカン』をリリース。